罪悪感をたくさん持っていた。
多分、気づけていないものもまだあると思う。
罪悪感は自らに罪と罰を与える。
若い頃は罪悪感がなくなったら
また同じ過ちをしてしまうから無くさない方が良い
と思っていた。
そうやって自分へ罪を着せ罰を与え続けていたんだな。
それは何の役にも立たないどころか
自分を身動きできないまでにした。
罪と罰が大成功を収めていた訳だ。
間違えてしまった。
失敗してしまった。
私のせいで苦しめてしまった。傷つけてしまった。
本当にごめんなさい。
これが私です。
そしてとことん自分を責める。
そんな負のループの苦しみ
味わったことはありますか?
今日ふと思ったことは
してしまった失敗、間違い、それは本当に失敗なんだろうか。
何かを壊してしまった。それは本当に失敗なんだろうか。
それが起こった目の前では
失敗としか見えないだろう。
だけど私たちに見えている場所は
かなり限られているとしたら?
その起きた、起こしてしまった出来事から
同時に何か違うことが
人によって、または別の場所で起きているだなんて
考えられないだろう。
人は大抵、見えることしか受け付けない。
悲惨なことが目の前で起きているのに
まさかそれが原因で遠く離れたところでは
それが起きたおかげで何かが動き始める。
そんな影響力があるとしたら
自分がしてしまった失敗、失態は
広く大きな世界では
ひとつの揺さぶりでしかない。
原因と結果は必ずしも負の連鎖とは限らないかもしれない。
できれば失敗も失態も
ましてや誰かを悲しませたり傷つけるような事は
起きて欲しくない。
だけど出来事は経験して感情を味わっても
決して自分を責めて罪と罰を与えて自分を牢獄に留まり続けさせる
ものである必要はない。
経験の役立て方は他にあるはず。
私がしてしまった沢山の失敗や失態。
私の見えないところでは
その出来事がきっかけで何かがプラスに動いたかもしれない。
ただ私には見えていない、見える範囲ではなかった。
これからは
この捉え方を採用して
もう罪悪感は私の世界には維持しない。
昔に見た「タッチ」というアメリカのドラマの1エピソードを
思い出す。
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TOUCH(タッチ) ***ストーリー*あらすじ***
2012年に放送開始した米FOXのミステリードラマ。
9・11の米同時多発テロによって妻を失った元新聞記者のマーティンは、
無言症の息子ジェイクが次々と示す数字に特別な意味があると気づく。
それは世界の人々を救うための奇跡的な手がかりだった。
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#気づき
#罪悪感